--- |
2月20日(火) 友人宅へご飯を食べに。お土産はギリシャワイン、文字という文字が読めなくてどんな味だか、産地だか、生産年すらも分かりません。それなのに他人の家に持っていくというのもなんなんですが、ちょっと飲みたかったので。友人宅は凱旋門すぐそばの閑静な住宅街。なんとまあ、めっちゃくちゃ素敵な立地に素敵な家具。大家さんが料理好きだそうで、きちんと整頓されたキッチンにはありとあらゆるスパイスがずらっと並べられ、栗原はるみの家のようです。ああ、私もオサレなキッチンでオリーブオイルの香りにつつまれてオサレな料理を作ってみたーーーーい。 オサレなお部屋でオサレな料理、なんと出てきた料理はムール貝。 家庭でムール貝の料理をこさえることが出来るとは。やっぱり私も精進せねば。そんでもってムール貝からでた汁でリゾット!こんな風に私もこじゃれ料理を作れるように・・・おまけにデザートは手作りクレープ! ぅぅぅ 眩しくてお皿を直視できないよう・・・ なんか久しぶりに素晴らしい料理とお宅を目にしました。私も魚介類までテリトリーを広げたいものです。 2月19日(月) どうやらロンドンで風邪を貰ってきたらしい。鼻水や咳が止まりません。こっちの風邪はなんとなーく喉がざらついて、しかし咳がでるほどでもなく、もやもやした感じがずっと続き、その後鼻水がダラダラでるようになり、全身に寒気を覚えるというもの。これではせっかく覚えたロビー・ウィリアムスの英語バージョンの歌(フランスではロビーの歌はサビがフラ語)を思い出すことができません。熱は微熱なんだけど、全身の倦怠感は脳内まで及んでおります。こっちの風邪は酷いものです。 だからか知りませんが、昨日あたりから流れているダフト・パンクの「ワン・モア・タイム」が24時間テレビの時間切れアニメのようにしょぼくみえて仕方がありません。せっかくの松本零士なのに、メカにボタンや計器がごてごてついていないのが気に入りません。なにより歌っているキャラが格好良いのがしゃくにさわります。ダフトさんもパンクさんも本当に松本零士を愛しているのならば、松本零士における真の格好よさはタンバリン役の奴にあり、ということを知っておくべきだったのです。タンバリン君こそが「ワン・モア・ターイム♪」と歌い上げるべきなのです。それが松本零士を扱う際のマナーではないでしょうか。そんでもってタンバリン役は車掌がやれば更に面白かったはずなのに・・・ ってなことを考えていたら更に病状悪化。 2月18日(日)ロンドン 一昨日、昨日と仕事を終えて、今日はようやく一日観光。しかし、二日間ずっとヒールの高いブーツをはいていて、足の皮がずる剥け状態。普段スニーカーで楽しているつけが回ってきてしまいました。ただいまのところ3歩すすんで5分休憩という、もの凄い遅いペースで歩いております。このままでは何にも見れんし何にも買えん。ということで、コベントガーデン駅前の靴屋さんに駆け込み、オニュウのスニーカーをその場で買って履いてしまいました。しかもフランスでも買えるニューバランスを・・・ 何やってるんだ私。 けれども足リフレッシュ効果は抜群のもの!元気が戻ってきました。じっくりコベントガーデン一周。やっぱり高いですねえ。古着もアンティークも何もかもがもの凄く高い。古着屋さんの「どれも全て1ポンドコーナー」もフランスだったら5フランで買えそうな小物ばかり(1ポンド=10フラン、つまり倍の値段)。かわいいのは多いんですが、あんまり食指が動きません。なんでこんなに高いんだろう。食べ物もアクセサリーも蝋燭でさえもフランスの倍ぐらいの値段です。ミドセン家具やミドセン小物はめちゃくちゃ充実しておったのですが・・・ やっぱ高い。目の保養には抜群の場所でしたが、やっぱり物は買えないよ。。。ってなことでそそくさとその場を後にしました。 その後モアイを見るには時間がなかったのでセルフリッジへ。セルフリッジは日本で言うところの伊勢丹新宿店みたいな場所です。聞いたことがない服屋さんの服が所狭しと並べられていて、見ているだけで楽しい場所、ですがやっぱり高くて何も買えず。ロンドンはなんでこんなに高いんだろう・・・ そりゃ東京よりかは安いんだけどさ。 ということで結局ロンドンのお買い物はスニーカー一足のみ。今度はきちんとリサーチして美術館にも行ってみたいもんです。 2月17日(土)ロンドン 仕事二日目。なんとなくコツを掴んできました。やっぱり大英博物館が一番人を捕まえやすいですね。そして、日本人のお答えパターンもなんとなく掴めてきました。沢山の設問があるのに、彼らはいつも同じ答え、同じ考え。日本人はいっつも同じ、って他の国の人々から言われるのがなんとなく分かってきました。私も含めて、彼ら、彼女らはガイドブックに載っているロンドン=ロンドンの全てだ、と思っているのです。ガイドブックに載っていないものごとは「通の人のための物件」であり、ガイドブックに載っているところに行って写真を撮れば、ロンドンの全てを満喫したことになっているのす。それはそれで楽しいかもしれないけど、それっていったいどうなんだろう? あまりにも同じ答えばっかりだから悪い心が働いてしまい、気が付いたら約半年ぶりのスターバックスの中。誰かに見つかったら「スターバックスの中に40人ぐらいの日本人団体客がいたんです、あなたの目には見えないかも知れないけど、私は確かに彼らと話をして、そして40人分のデータを記憶したんです、今、勝手に書いているように見えるかも知れませんが、これは記憶を元にアンケートを書き起こしているのです」と言えばよいのです。右手にアンケート用紙、左手にフラペチーノ、文字通りの美味しい仕事。さぼっているんじゃないんだ、未来が予測できるだけなんだ。もう、観光客に直接話しかけなくても、遠くから見るだけで何を答えるか分かってしまうんだ。それだけなんだ。ま、それだけではなんなんで、ハロッズ前やらで卒業旅行の若い方などを捕まえてお話して、自分たちでそれなり分析してみたりもしましたよ。マーケティングって大変だよね。 そんでもって仕事終了。時間が出来たのでレコ屋探訪、イギリスはレコード屋がいっぱいあって素晴らしい!見ているだけでうっとりするような品揃えだったり。どういうわけだか知りませんがRadioheadさん達の「KidA」が新品なのに中古CDのような値段で投げ売りされていたので救出したげました、理由はなんとなく分かりますが敢えて詮索するのはよしましょう、今まで買い控えといてよかったなあ。 その後一緒に働いた日本人の友人の友人達(イギリス留学中)と合流。パブに案内して下さりました。パブでギネスを飲みながら、何故か探偵ナイトスクープ話で盛り上がる一同。イギリス組の人たちは新局長が西田敏行になったことを教えてあげると、パブの中にもの凄い悲鳴が。新局長とこえぴょんがちゃんと絡んでいけるか、これは非常に難しい問題でありますが、外国にいる我々にはどうすることもできません。ただじっと祈るだけなのです。こえぴょん・・・ 西田新局長ついでに、板さんがブロスの連載切られたことも告げると、ロンドン在住のバレエ留学生の女の子は泣きそうになりながら、毎年10月の京都円山野音のイベントについて熱く語り始めました、彼女はイギリス留学する際、日本から唯一持ってきた読み物が「コン哲」なのだそう。こんなかわいいバレリーナなのにサイキッカーなんだ・・・ やっぱり関西の人は熱くて濃ゆい人が多いのですね。。。私もまだまだ薄いほうです、なんか知りませんがちょっと安心しました。 2月16日(金)ロンドン 愉快なロンドン楽しいロンドンへ出発! 暗いうちから起き出して北駅からユーロスターに乗り込みます。出発前後のパスポートチェック以外は拍子抜けするほどいたって普通の電車の旅。ドーバー海峡の下を寝ているうちにくぐり抜け、そしてたどり着いたロンドン、みんながみんな英語喋ってて、看板やらなにやらがみんな英語でびびります。駅のお迎えコーナーには先にロンドンに乗り込んでいた学生達が待ちかまえていてくれてまして、そんでもって息付く暇もなく二泊三日分の荷物を抱えたままいきなり仕事開始です。私が組んだのはマドリッドの提携校で勉強しているというフランス人、私が一生懸命フランス語を喋ろうとしているのに、英語で答えてくれるのが親切なんだかイヤミなんだか。さて、彼と二人で人の集まるところに行って、そんでもって適当に観光客を引っかけてアンケートを取ろうということになりました。「テートなら人がいっぱい来るはず、だから最初はテート・ギャラリーに行って、出てきた観光客を捕まえてみましょう」とのこと。私はてっきり、渋谷さくら屋の前にいるおばさん達みたいに、決められた場所で腕章して首からIDカードぶら下げてうろうろする、ということを想像していたのでびっくり。思いっきりゲリラ戦じゃないですか。 ま、反論しても仕方ないので彼に連れられて、できて間もないジュビリー線に乗って、聞いたこともない駅でおりて、んでもって行ってみたところは・・・ なんかしりませんが私の知っているテート・ギャラリーってこんな外観だっけな?いつのまに立て替えたのかな?もっと有名な駅で降りた記憶があるんだけどな? 人も全然いないし・・・ 彼も驚いて辺りの警備員にどうしてこんなに人がいないのかを尋ねに行ってしまいました。んで、帰ってきて最初に言った言葉が 「悪い悪いー テートとテート・モダンと間違えちゃったヨイ、なんせロンドンはじめてなもんでさ」 「他に観光客が集まりそうな所知らない?僕、テート・ギャラリーっていうのしか知らないんだよねえ」 ・・・ぉぃぉぃ しょうがないのでそこから大英博物館まで移動することになりました。チューブで行けばいいのに、彼はテムズ川やらなにやらが珍しいらしく、徒歩で移動ということに・・・ お仕事ということでちょいとよそ行きのブーツなんぞを履いて行ってしまったため、なかなか足が疲れます。んでもって、大英博物館に到着、どうやらモアイ像展やってるらしく、そこいら中にモアイのポスターが。グラディウス以来のモアイ好きの私としてはどうしても見たい展示なのですが、そこはお仕事。泣きながら沢山の日本人に声をかけ、アンケートを採ったり断られたりと結構疲れる仕事をこなしました。んで夜7時頃解散。ロンドンでは今日から封切りの「ハンニバル」は勿論見ることができません。 んで、明日の朝まで自由なので、先ほどテートと間違えたテート・モダンに行くことになりました。できて間もないテート・モダンは夜の10時までやっていて、もちろん王立なので入場料無料!物価が東京並みに高くて貧乏人には生きていけないロンドン、美術館無料というだけで王室断然支持派です、ゴッド・セイブ・ザ・クイーンってな感じです。 テート・モダンは無機質な入れ物っぽくて、なんとなく都立現代美術館を彷彿とさせます。日本で育った私としては、こういう「入れ物としての機能を追求した」美術館の方がなんだかしっくり来ます。ルーブルやオルセーのような「以前別の用途で作られた建物を作り替えた」美術館も好きではあるのですが、作品以外に目が移ってしまってなかなか疲れますし、ポンピドゥーは建物だけで一つの作品だし。なので、日本にいたときの気分で作品鑑賞が出来ました。常設はやっぱり微妙にポンピドゥーとセレクションが違いますね、テートの方がアメリカ現代美術の心意気ってやつをを受け入れてるのかな。企画展の「Century City」は、世界中の各都市の20世紀において一番面白かった頃の美術を一同に介したもの。モスクワは革命直前から第二次世界大戦前で、東京は60年代〜70年代だったり、ロンドンは90年代だったり(今現在は世界でロンドンが一番面白いと自慢したくてしょうがないらしい)と結構年代にばらつきがあったりするのですが、それぞれの都市で一番「勢い」があった頃のものを集めると、なんとなく共通したものが見えてくるんですな。 ウィーンの展示はシーレやココシュカなど、モスクワの展示はロトチェンコの頃、パリはエコール・ド・パリ周辺の人々、など教科書から飛び出してきたかのような展示内容。ラゴスの60年代美術、リオ・デ・ジャネイロの50年代美術など、初めてみる面白いものも沢山、やっぱり変な人は世界中にいるんだ。intense で fragile な中心が空っぽの我が国の展示は横尾さんのポスターや赤瀬川さんの偽札、オノ・ヨーコのシングル(視聴も出来る)などが並べられ、その横っちょに山下菊二やヤヨイちゃん、もの派の人々が置いてあるというもの。横尾さんの黒テントポスターの中に不破万作やクニ河内などの俺的ほのぼのお茶の間タレントの名前発見。こんなマニアックなタレントさん達の名前をロンドンで見ることが出来るなんて、21世紀は面白い時代になりましたな。高橋君も立派に更正して黒テントのポスターに名前が載っけられる日がくるといいですね。 しっかしいっつも世界の人が語る「日本の現代美術」ってこの時代のものばかり。今の時代も十分面白いと思うんだけどなあ、やっぱり今の日本の現代美術って内輪だけの自己満足世界なのかしら。 2月15日(木) 明日から突然ではありますが、ロンドンへアルバイトへ行くことになりました。友人が通っているESCPとかいうグラン・ゼコールの某サークルが某社にロンドンでの路上アンケート仕事を依頼され、そんでもってアンケート対象者がワールドワイドであったため日本語が話せる人々を募集していたのです。ブランド買い付けなどのアルバイトより高給であり、さらに交通費などはあっち持ちということで二つ返事で引き受けました。んで、本日はその仕事の説明会です。 パリの大学に潜入するのはこれで2回目。バカンス中ということで閑散としていましたが、やはり歴史あるグラン・ゼコール、なんだか格調高くていらっしゃる。サークルのポスターやイベントのお知らせが壁にぺたぺた貼ってあったりするのは日本と変わりませんね、サークル棟とかもあったりして懐かしい気分。ええねえ、若いってええっちゃねえ、と、いやーなおばさんのような独り言を呟いているうちに、サークルの担当者さんがやってきました。多分私より年下の彼は40過ぎのおっさんのノリで名刺をくださいました、名前に"de"がついてはりました。うわぁ、ドの付く人を生で見るのは生まれて初めてです、つまり元貴族さんなわけです。やっぱこういう人たちは場末のカフェなんかじゃ見つからないもんだよねえ。ぜひぜひお近づきになりたいのですが、やはり遊びは遊び、ビジネスはビジネスとすっぱり割り切りライフをエンジョイしているフランス人ですもの、フリートークに持ち込める隙なんてこれっぽっちもありませんでした。しょぼん。 と、いうことで説明を受けた後、北駅までTGVのチケットを買いにいきます。国際線でもヤング料金が適用されて、なんと往復490フラン(×17円)!東京-大阪間より安い料金に思わずロンパッてしまいました。こっちの人々は安く旅行ができて、ほんとうらやましいこってす。 2月14日(水) 会社の通販ページは結構面倒くさいスクリプトだったりするので、外にお願いしております。んでもって、その打ち合わせに同伴させて戴くことになりました。いっつも部屋に籠もっているので外に出ることができるだけで嬉しいもんです。他人の家や他人の会社にお伺いするのはやっぱり楽しいもんですね。 お伺いした先はネット専門の会社だけあって、オサレな机ががーっと並べられており、その上にオサレな感じでPCががーっと積んでありまして、なるほどこれがIT関連企業ってやつなんですな、21世紀を担う人たちなんですな。トレンディドラマに出てきそうな感じなんですな。こんなにPCだらけだったら浴びる電磁波もさぞ強かろうて。んなことを思いながらミーティングに同席させていただきました。いろいろお話していくうちに判明したのが、そこの会社はなんと私が以前勤めていた日本の会社のサイトのとある重要な部分をデザインされているのだとか!毎日毎日眺めていたページだったのですが、誰が作ったのかなんて全く考えたことありませんでした、しかもそれがフランスだとは。通信技術の発達ってほんとに素晴らしいもんですね、遠くにあっても仕事ができるのですものねえ。裏を返せば、どんなに地の利がいい場所にいても、実力のない会社や人間には仕事は回ってこないということなんだなあ。いやはや、とにかくなんでもいいからスキル身につけて、遠くの方から三回に渡って訪問されるような人間になってみたいものです。毎日が勉強です。 2月13日(火) はじめての取材。以前からお世話になっているデザイナーさんのところのアトリエにお邪魔していろいろ伺ってまいりました。当たり前のことですが、取材というのはただの雑談ではなく、聞くべきところをきちんと聞いて、んでもってできるだけ面白いところをご本人さんたちから引っ張り出す作業なんですね。知らないことを尋ねるということは、自分が何を知っていて何を知らないか分かっていないとできないのですねえ。特に服飾については私は全くの素人なので、もう一人のインタビュアーの方に殆どお任せしてしまったのですが、やはりプロとして生きていく人の好奇心や目の付け所はひと味違う。もちろん凡人であっても日頃から常に周りの物事全てから学び取っていかなければ。と思った次第です。ふう。 その帰りに相方に連れてってもらってシャトレーのカフェでお茶。そのカフェは普通に歩いていたら見つからないような小さな入り口で、中はマターリしたオサレ空間。んでもって注文したウィンナーコーヒーに乗っかっていた生クリームの高さは少なく見ても5センチ。んでもって、この辺りのカフェにしてはめちゃめちゃお安い値段。やっぱり過ごしやすい所は探せばあるのですね。私には見つけられないものでも、他の人はしっかりとキャッチして自分のものにしていっているんだ。そうやって私は人から日々取り残されてゆくんだ。本日はアンテナを貼ることの大切さを学んだ日でありました。精進精進。 2月12日(月) はじめての営業。朝いきなり電話がかかってきて「ちゃんとした格好で来いやぁ、ゴルア。PC持ってこいやぁ、うろぁ」と言われてびびりました。営業初心者です、やったことありません、困りました、自宅から俺パソ持って(一番液晶画面が大きいから)、ちゃんとした格好して、んでもってきちん顔作ってそんでもってそんでもって、あー緊張する。名刺の渡し方、貰い方などのきちんとした教育を受けていないって、こういう時に非常に困りますね。日本できちんとしておけばよかったなあ。ま、生きていくためには仕方がないのね。 んでもって、クライアントさんの所にもう一人と一緒に行って、んでもっていろいろプレゼンをしたり突っ込んだトークを繰り広げたりしました。普段使わない神経をめちゃくちゃ使いますね、これは慣れていくもんですかね。 んで、会社に帰って事務仕事やってweb仕事やってと、いろいろやっていると頭の中が混乱してきますね。大変です。ま、生活していくためにはしょうがないことですね。 2月11日(日) リヨン もちろん寝坊。朝から友人に案内していただく、びっくりするほどの晴天でまさに観光日和。リヨンは歴史の街、絹の街、そして食の街、全てがコンパクトにまとまってるナイスな都市です。大ざっぱに旧市街と新市街の二つに分けることができまして、まずは山の上にある旧市街を攻めてみます。メトロでフニクレール(ケーブルカー)まで向かうのですが、リヨンのメトロはパリのメトロとは違って広くてゆったりしてて、ホームには謎の音楽がかかっていて、なかなかご機嫌。フニクレールも箱根のそれとは違って庶民の足って感じで乗っててなかなか楽しい。まずは坂の上のテアトルローマンへ。その名の通り2000年以上前のローマ時代に作られた劇場です。昔はこの辺はローマ帝国だったんですなあ、そんなに領土広げてばっかりで果たして当時の人々は自分たちの国の状況を把握できていたのでしょうか。石を積み上げて作られたすり鉢型の野外劇場では、今でもオペラや演劇などが上演されているそうな。青空劇場、情緒溢れてていいですね。 その後ノートルダム・ド・フルヴィエール・バジリカ聖堂へ、真っ白な教会は麓の新市街から見上げると荘厳オーラがびしびし出ておりまして、近づいてみると更に重厚な面持ち。中に入ったらミサの真っ最中、おじいさんおばあさんが賛美歌を歌っておりまして正に地元密着型教会って感じです。旧市街から見下ろす新市街の眺めも素晴らしいものです。 んで、リヨンといえばポール・ボギューズ。今のところ彼はリヨンにポール・ボギューズの他に三つのレストランを持っていて(秋にもう一つ増えるみたい)、そのうちの一つ"le sud"でランチ。sudというだけあって南仏風のこじゃれた内装がなかなかイカしております。久しぶりの外食で、んでもってちゃんとした店ということで牛肉と骨髄を南仏系の香りがついたスパイシーなドミグラスソースで煮たやつ(名前忘れた)を食べました。。。美味しすぎます!こんな美味しいものが食べられるなら明日脳味噌がスポンジになっても構わない、本気でそう思えるほど美味しい骨髄。骨と骨の間のトロトロした部分をナイフとフォークで掻き出して秘伝のソースと絡めて食べるのですよ、ほんともうたまりません。ビストロクラスでこんなに美味しいのだから、本家の三つ星はさぞや美味しいのでしょうねえ。生きているうちに食べに行ってみたいものです。 んで、その後地元の美術館を足早に鑑賞。思ったより大きい美術館でじっくり鑑賞できなかったのが残念だなあ。愛してやまないモーリス・マリノのガラス作品が全部で20点ほど置いてありました。マリノ初期から後期まで雑然と棚に並べられておって、マニア垂涎の代表作の隣に習作っぽいのが置かれていたりしてあまり愛情が感じられません。もうすこし綺麗に並べてくれてもいいのに・・・ んでもって、その後リヨン・オペラ座でバレエ鑑賞。モダンバレエは久々の久々で新鮮であります。その無駄のない肉体から発せられる計算され尽くした動きと緊張感、江頭や加賀屋と同じような動きでポーズなのに美しく見えるのがすごい、ちょっと寝たが。音楽も旋律もリズムもへんちくりんでスカスカなのに、振り付けと絡み合うと本当にドラマティック、ちょっと寝たが。なかなかエキサイティングでありました。 んで、慌ただしく友人宅に荷物を取りに帰りんでもってダッシュでTGVへ乗り込む。行きに続いて帰りも乗り遅れるのかとヒヤヒヤものでしたが、なんとかギリギリセーフ。電車内でリヨンとバレエの余韻に浸りました。素敵な街でした、もう一回くらいは行きたいなあ。 |